1. Dクリニックの概況
・ 院長の年齢: 男性 43歳
・ 標榜科目: 整形外科、リハビリテーション科、リュウマチ科
・ 所在地:埼玉県郊外のテナントビル1階
第三者からの継承物件は「患者数が減って立ち行かなくなっている」「地域や契約などにトラブルを抱えている」など何かネガティヴな問題含みのものが多く見受けられますが、最近は患者数も十分に確保されているなかで、院長のアーリーリタイアメントなど様々な状況からクリニックの譲渡を希望されるケースが増えてきており、お互いの条件が合致すれば全くの新規開業に比べて開業コストや立ち上がりのリスクを回避できる、メリットの多い開業の選択肢として注目を集めている形態です。
D院長が承継したクリニックの前院長のY医師はまだ60代で開業から20数年、多くの患者とスタッフを抱えて夜遅くまで毎日診療を行っていましたが、ここ暫く体調がすぐれず、思い切って忙しいクリニックを若い先生に譲りたいとのお考えで希望を出されたようでした。譲渡の条件的には、一般に整形外科のテナント開業の場合に開業資金が総額で7~8千万円程度かかるのが通例なところ、営業権の代金も含めてその半分以下と非常にリーズナブルで、内装や医療器械・備品類もそのまま使えそうです。患者さんも十分についており、また熟練したスタッフもいるなど、好条件に満足したD医師は殆ど即決で仮契約を結んだのでした。
2. 相談事項と問題点の発見
現場状況を把握するためY整形外科で週1~2回のパート勤務を開始したD医師でしたが、診療を続けていく中で、徐々にY整形外科の抱える経営上の問題点に気付くようになりました。Y整形外科は郊外のいわゆるベッドタウンの入り口に位置しており、その地の利を生かして慢性疾患の患者さんとともに通勤・通学帰りの若年層の患者さんとしていました。そのため、診療時間が朝9時から夜8時までと非常に長く、さらに実態は昼・夜ともに診療が延びて時には夜中の0時近くになることもあったのです。患者さんも心得たもので、受付終了後に普通に来院するご近所の方や風邪などの内科系疾患で投薬を希望する方など様々、さながら夜間診療所の様相を呈していました。スタッフも、体力的にはきついのですが、患者さんから重宝がられて感謝もされる状況に充実感を持って働いている様子でもあり、何より時間外給与の実入りの意味からも現状に満足している人が多いようです。ただし、そのような特殊な環境になじめずに短期間で退職に至る人も多く、メンバー的にはベテランの熟練者中心で新陳代謝は進んでいません。3. コンサルティング
経営実態を分析してみると、盛況の裏に次のような問題点がありました。1. 院内調剤であることを考慮しても医業収入はかなり多いこと
2. 保険査定減割合が非常に高いこと
3. 薬剤費の比率は平均値と比べると高いこと
4. 人件費率は院長の身内の事務を含めると45%近くになっており、経営を大きく圧迫していること
5. 個人別給与も年収ベースで相当割高となっていること
6. 借入はないもののリースが多く、対外債務割合は低くないこと
さらに次のような問題点も指摘されました。
1. 患者のため過剰診療気味になっており、結果としてコストが生かされていないこと
2. 夜間の患者ニーズがある→夜間診療を行う→体制確保のため人件費が嵩む
→診療時間を一層延ばして対応しようとする、という悪循環となっていること
3. リハビリ室が独自の判断で患者対応し院長の指示が届かないなど、労務管理が難しい状況にあること
一方、夜間来院層にはその時間でないと難しい患者さんもいるものの、経営効率の側面からは疑問が残るため、その是非の検証を行いました。
その結果、
1. 本来の緊急対応は診療圏にある公立病院が機能を持っているため、実際の患者のほとんどがリハビリで時間当たりの単価は高くない ② 午後の診療が16時からであるため昼休みが間延びし、常勤の形式的な拘束時間が非常に長くなっている ③ 最後のリハビリ患者が帰るまで全員残業となるなど非効率となっている ④ スタッフ採用においても大きい障害となっている ということが分かりました。
4. 改善のアクション
コンサルティングの結果をうけ、D院長は、「14時から17時」とすることを決断しました。まさに“清水の舞台から飛び降りる”覚悟が要りましたが、その裏には冷静な判断がありました。つまり、・ 夜間診療における人件費率が非常に割高になっていること
・ 午後の診療を早めることで、夕方以降来院していた患者さんのうち何割かはその時間内に振替がききそうなこと
・ 延びた戦線を縮小しコンパクトにすることで、同時に医師中心の本来の診療所体制確保できること
・ 勤務条件の大幅改善により、パート中心に低コストでの採用が可能となること
などをじっくりと考慮し、悩んだ結果の選択でした。 今回Y整形外科はいったん廃止となり、そこで雇用関係は原則的に清算されることとなります。それから改めてお互いの希望が合う人を再雇用することとし、D医師は、全員と面談して自分の考えを真摯に伝えたのですが、結果として大幅に給与が減ることに対し平然と不満を述べる者も少なくなく、最終的に条件に納得して新クリニックのスタッフとなったのは半数以下となりました。こちらは想定以上の減少でしたが、新体制は診療時間が短く診療終了も比較的早いため、募集に対して応募がとても多く、特にパートスタッフは優秀な人材の確保が容易にできました。
新クリニックは予想以上にスムーズに患者さんに受け入れられました。地域のニーズは、実は夜間にそれほどはなかったことがD院長の読み通り証明されたわけです。またリハビリ部門は施設基準を落として管理しやすくしたことも奏功し、院長の意向がストレートに伝わる風通しの良い形で機能しています。
患者数はさすがに減少し医業収入は以前の半分程度となりましたが、査定減が無くなり、また人件費はじめコストがそれ以上に大幅減少となったため、利益は開業初月から満足のいくレベルを確保できました。さらに、これまで深夜にも及ぶ診療に対応できる薬局がなかったため院内調剤とせざるを得ず、管理もスタッフ任せでそれが薬剤比率の上昇にもつながっていたのですが、対応時間が普通になることから調剤薬局の出店が決まり、スタッフの手当てや在庫コントロールの上でもより効率的な運営が可能となったのです。そして何より院長自身の考える時間がしっかりとれる環境が確保できたことは、今後のクリニック運営を考えていくなかで、非常に有効な戦略であったといえます。
5. まとめ
“患者さんのため”を考えるあまり、有限な経営資源を効率的に使えない状況は医療経営の現場において往々にして生じます。特に診療時間と人件費とのかねあいは判断に悩むところでもありますが、「クリニックでできること、すべきこと」を冷静に判断していくことは、差別化の時代を迎え今後ますます重要になっていくものと思われます。